台湾と日本のはざまを生きて――世界人、羅福全の回想

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  • 羅福全=著  陳柔縉=編著
  • 小金丸貴志=訳  渡辺利夫=序
  • 四六上製 352ページ
    ISBN-13: 9784865780611
    刊行日: 2016/02

戦前・戦後の台湾精神史

日本統治下の台湾に生まれ、幼少期を日本で過ごす。1960年、独裁政治から逃れるように日本にそしてアメリカに留学、ノーベル経済学者クラインの下で学ぶ。自由と民主主義に目覚め台湾独立運動に参加。30数年帰郷を許されず、国連職員として、アジア各国の地域開発や経済協力に関わる。陳水扁政権下2000-04年、駐日代表を務める。日本の名だたる経済学者・青木昌彦、宇沢弘文、篠原三代平、藤田昌久らとも深い交流があり、世界を舞台に活躍しながら、台湾の自由と民主を求め続けた世界人、羅福全の半生を初めて明かす。




目次


日本の読者へ  羅福全
序 「棄るは取るの法なり」の人生を生きた台湾人  渡辺利夫

鮮やかな人生、心を動かすストーリー  李敏勇
歴史の足取りは、元から個人が思う様に進んで行ったりはしない。  陳芳明
歴史を切り拓き、歴史の目撃者となった国際人――広々とした厚みのある人柄で人に好かれる羅福全  劉黎児

自 序

Ⅰ 台湾に生まれ、日本留学直後に開戦 1935-45
 三歳で結婚を主催する
 叔母が母になり、母が伯母になる
 母は職業婦人の先達
 父は台湾でいち早くバス会社を経営
 父の事業パートナー、林抱の思い出
 丁稚から「経営の神様」になった王永慶の逸話
 父と伯父が愛したわが羅家所有の湖
 六歳で日本に留学する
 「蒋介石と宋美齢が山に逃げた」と高らかに唄う
 静岡の温泉旅館へ疎開する
 「もう日本人じゃない。もうお辞儀をしなくていいんだ」

Ⅱ 恐怖政治下で過ごした台湾の学生時代 1945-60
 引揚げる前に日本で中国語の初歩を習う
 台湾の反政府暴動二・二八事件の傷痕
 初等中学二年生で憲兵に逮捕される
 後に有名人となった台南一中の同級生たち
 台湾美術界の巨匠、席徳進が美術の先生だった
 台湾大学で「経」世「済」民の学を志す
 戦後の台湾はアメリカ文化の影響を大きく受けた
 後の妻とイングリッド・バーグマンのブロマイドを取り合う
 留学前に学んだテーブルマナーは役に立たなかった
 人生の岐路で早稲田大学への留学を選ぶ
 台湾に残った友人が次々と拘束・検挙される
 恐怖の雰囲気の中で結婚する

Ⅲ 日米留学で自由と民主主義に目覚める 1960-73
 東京大学で近代経済学・大石泰彦教授に学ぶ
 ペンシルベニア大学に留学し、初めてデモに参加する
 本物の民主主義とは、平等と個人の尊重と知る
 ロバート・ケネディに向かって台湾独立を叫ぶ
 台湾独立派として中国派とも交流する
 台湾少年野球チームの遠征試合で国民党の水兵に殴られる
 台湾人留学生は、財布は軽くとも、志は高い
 計量経済学でノーベル賞を受賞したローレンス・クラインに師事する
 米国経済のモデルを支える処理能力43Kのコンピューター
 学際的に地域開発を研究する「地域科学」博士を取得
 元学生運動家、生田浩二の死を悼む
 就職のため米国籍を取得する

Ⅳ 国連職員として世界各国を駆けめぐる 1973-2000
 世界を通行するICカード「国連パスポート」
 フィリピンで開発途上国の経済発展とは何かを考える
 朴正煕大統領暗殺と光州事件に遭遇する
 初めて鉄のカーテンの向こう側・中国を訪問する
 北京大学で中国の経済発展についてアドバイスする
 米国務省から台湾独立を容認する回答を引き出す
 中国の最高幹部出席のもと北京会議を成功させる
 美食のためには千里の道をも遠しとせず
 イランの食卓で羊の頭と目玉を勧められる
 世界各地で食べたスッポンの味
 エベレスト登頂は朝食前に飛行機で
 G7サミットに世界経済予測を提出する
 地球温暖化防止のための「京都議定書」起草に参加する
 OBサミットで「台湾」代表として各国首相の面識を得る
 シュンペーターの最後の弟子、ヒギンズとの交遊
 インドネシアの経済学者イワン・アジズにプロポーズをけしかける
 マレーシアの経済学者カマール・サリーとの共著が世界的評価を受ける
 反骨の経済学者、宇沢弘文と台湾を旅行する

Ⅴ 駐日代表として台日の架け橋となる 2000-07
 陳水扁総統と唐飛行政院長が私の人事をめぐり対立する
 秋篠宮妃の幼少時から皇室に嫁ぐまで
 鈴木俊一都知事のもと、阿久悠と東京都顧問になる
 国連事務次長を内密に訪台させ、世界的ニュースとなる
 山中貞則を通じて日本政界の重要人物と知り合う
 椎名素夫の招待で、駐日アメリカ大使館に潜り込む
 駐日代表処をふさわしく設える
 米国大統領の勤勉さを手本とする
 李登輝訪日は誰の功績か
 コレクターから信頼され、故宮博物院への寄贈につながる
 台湾財界の巨頭、辜振甫との縁で日本の歴代首相と知り合う
 早稲田大学台湾研究所が世界的デザイナーとの縁をつなぐ
 数十年を経てようやく故郷に戻る

  編者あとがき
  訳者あとがき

 羅福全年譜(1935―)
 羅福全主要学術著作一覧
 主要人名索引

関連情報

羅福全の人生は、一面では、台湾の運命によって余儀なくされた不可避のものであった。しかし、他面では、国民党のブラックリストに載せられて安住の地を放棄させられ、母上逝去の報せを受けても帰郷できないという、普通の人間であれば呪うべき己の人生を、まるで逆手に取るように自在に操り、ついには世界に知のネットワークを張ることに成功した希有の人物である。
(渡辺利夫)

羅福全は、想像も及ばぬほどの歴史的な段階を通り抜けて来ている。早いうちに父を喪ったことで、同年輩の友人よりも早熟となった。その器の大きさや決然とした所が、見知らぬ新たな知的領域を探る上で助けになったことだろう。
経済を専攻したことにより、彼は台湾社会が近代化の過程で如何なる盛衰を経たかを明らかに知ることとなった。資本主義の文化的なロジックは彼の詳しく承知していた所であり、一国家の栄枯とは単に財富のみに依るものでは決してない、思想文化や民主政治の支えがなければ、近代化運動を見事に結実せしむることはできないと理解していた。
彼は日本、米国、台湾、中国の発展についても、明らかに同じ物の見方からこれを観察している。回想録も全体として個人の記憶に集中してはいるが、その叙述を追いながら、われわれは台湾のアジアにおける、また全世界における運命を見出すことができるのである。彼の歩んだ歴史は、台湾社会の戦前から戦後にいたる精神史に他ならない。
(陳芳明)


■著者
羅福全(ラ・フクゼン)
1935年嘉義市栄町生まれ。台湾大学経済系卒、日本早稲田大学経済学修士、米国ペンシルベニア大学博士。国連地域開発センター、国連大学に勤務。著作は世界各国4709か所の図書館に所蔵されている。
国際機関に勤務中は各国を巡り、国際会議に参加し、世界経済問題を議論した。
2000年に米国籍を放棄し、台湾の駐日代表となる。2004年に外交部亜東関係協会会長。2007年に公職を退き、現在は妻子と台北に居住。

陳柔縉(チェン・ロウチン)
コラムニスト、専門は歴史。著書に『総統の親戚《總統的親戚》』『台湾の西洋文明初体験《台灣西方文明初體驗》』『宮前町九十蕃地《宮前町九十番地》』『人みな時代あり《人人身上都是一個時代》』『台湾幸福百事《台灣幸福百事》』『昔日の光陰《舊日時光》』など。邦訳は『日本統治時代の台湾──写真とエピソードで綴る1895~1945』(天野健太郎訳、PHP研究所)がある。

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