ISBN-13: 9784865782318
刊行日: 2019/07
リアリズム演劇の隠れた名作は、今、私たちに何を問いかけるのか
米占領下の広島を舞台に、芸術と政治との相克に苦しみながら、理想社会の実現へと疾走する、「原爆詩人」峠三吉(1917~53)らを描いた戯曲『河』は、改稿を重ねながら、60~70年代に全国各都市で上演された。初演後55年を経て復活上演され、新しい世代の出演者・観客にも大きな感銘を残した本作は、再び「核」の危機が迫る今、我々に何を訴えるのか?
土屋清とは、戯曲『河』とは、そして復活公演の意味とは何か、その全体像に迫る論集、遂に刊行!
目次
土屋時子 まえがき
第Ⅰ部 土屋清とはどのような人物か
土屋時子 土屋清――昭和の闇と光を生きた劇作家
土屋 清 『河』と私(1972年)/峠三吉のこと、『河』への思い(1974年)/尊大なリアリズムから土深いリアリズムへ(1984年)
〈資料1〉土屋清年譜
第Ⅱ部 『河』とはなにか
八木良広 『河』とはなにか、その軌跡
池田正彦 歴史の進路へ凜と響け――土屋清の青春
〈資料2〉 『河』上演記録
池辺晋一郎 土屋さんの怒鳴り声(1978年)
広渡常敏 土屋清の頑固なナィーブ(1988年)/土屋清の闇の深さについて(1988年)
林田時夫 “風のように、炎のように”生きた原爆詩人・峠三吉の姿を通して……(2015年)
第Ⅲ部 土屋清の語り部たち――『河』を再生・生成すること
水島裕雅 土屋清の時代と『河』の変遷、そして今
笹岡敏紀 今、私の中に蘇る『河』――労働者として生きた時代と重ねて
三輪泰史 『河』京都公演に思う――半世紀の時をこえて
永田浩三 『河』、そのこころはどう引き継がれたのか――占領期のヒロシマを振り返って
四國 光 『河』と詩画人・四國五郎
大牟田聡 『河』、もうひとつの流れ――峠三吉とともに歩んだ人びと
趙 博 今日も流れる「川」と『河』――被爆のサブカル化に抗して
中山涼子 林幸子の「ヒロシマの空」にこめられたもの
第Ⅳ部 『河』上演台本(2017年)
池田正彦 あとがき
関連情報
土屋 清(つちや・きよし) 1930~87。劇作家・演出家。
1930年10月1日広島生まれ。10歳で九州に転居し、14歳、中学3年生で海軍予科練習生になる。戦後、新制の大分県立別府第一高校を卒業後、共産党に入党、労組活動に従事。朝鮮戦争のころには反戦運動に関わり、逮捕状が出され、炭坑夫、豆腐屋、漁師などを転々としながら、約3年間の地下活動に入る。
1954年広島に戻り、演劇熱が活発ななか、1955年、地域劇団「広島民衆劇場」の研究生となる。1959年「劇団月曜会」を結成、代表となる。詩人の峠三吉を敬愛し、没10年の1963年、第9回原水爆禁止世界大会を機に、峠三吉をモデルに広島の平和運動の闘いと苦悩を描く創作劇『河』を上演する。代表作となった『河』は改稿を重ね、東京演劇アンサンブル、劇団民藝が上演した他、全国23都市で20劇団が上演し、1973年には、小野宮吉戯曲平和賞を受賞した。他に、『星をみつ めて』『万灯のうた』『拳よ火を噴け』など。創作のかたわら、地域の文化運動、演劇運動に情熱を燃やした。
1987年11月8日、がんのため死去。没後の1988年、三滝寺(広島市西区三滝山)境内に詩碑が建立された。
【編者紹介】
●土屋時子(つちや・ときこ)
1948年生。1971年4月~2009年3月、広島女学院大学図書館司書として勤務しながら、劇団活動。『河』(1983、88年)、中国残留孤児のひとり芝居『花いちもんめ』(1996~2009年)、創作劇『ばらっく』(2000、2011年)など多数の舞台に出演。2008年、同館に「栗原貞子記念平和文庫」を開設。2013年より広島文学資料保全の会・代表として、現在に至る。
●八木良広(やぎ・よしひろ)
1979年生。愛媛大学教育学部助教。社会学・オーラルヒストリー研究。主な著作に、「原爆問題について自由に思考をめぐらすことの困難」(『排除と差別の社会学(新版)』有斐閣、2016年)、「ライフストーリー研究としての語り継ぐこと――「被爆体験の継承」をめぐって」(『ライフストーリー研究に何ができるか――対話的構築主義の批判的継承』新曜社、2015年)など。