日本に生きた〈ディアスポラ〉――アルメニア人大虐殺とダイアナ・アプカー

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  • メスロピャン・メリネ、太田阿利佐 著
  • 四六上製 432頁・カラー口絵8頁
    ISBN-13: 9784865784787
    刊行日: 2025/11

幻の世界初“女性領事”、初の評伝

第一次世界大戦中のオスマン帝国による「アルメニア人大虐殺」――その難民救済のため、日本で苦闘した女性がいた。
自らも〈ディアスポラ〉の一人として半世紀を日本で生き、国境を越えた人脈と精力的な情報発信によって救済活動を展開、アルメニア第一共和国(1918-20)から駐日名誉領事にも任命されたその足跡を、多数の書簡や新聞・雑誌寄稿を発掘し初めて描く。


目次

本書を推す グラント・ポゴシャン

はしがき
プロローグ――幻の「世界初、女性領事」

第1章 アルメニアン・ディアスポラ
 一 アルメニア――三千年の歴史
 二 ダイアナの誕生から結婚まで

第2章 新天地、日本へ
 一 文明開化の横浜
 二 活躍する女性たち
 三 日露戦争と小国の力

第3章 大虐殺の予言と警告(1906-14年)
 一 二つの転機
 二 「私の人生が終わるまで」――執筆への傾倒
 三 忍び寄る不吉な影
 四 ジェノサイド前夜

第4章 難民の守護者として
 一 アルメニア人大虐殺
 二 難民の到来とダイアナの奔走
 三 砕かれた希望

第5章 後悔を越えて
 一 消失する“祖国”第一共和国
 二 名誉領事として生きる

エピローグ
あとがき
謝辞
注/本書関連年表(1854-1937)/ダイアナ・アプカー関連系図/ダイアナ・アプカー関連の主要な新聞・雑誌名一覧/主要人名索引

関連情報

■本書は、アルメニア人貿易商、ダイアナ・A・アプカー(Diana Agabeg Apcar, 1859-1937)を本格的に取り上げた日本で初めての書籍である。ダイアナは明治末期から昭和の初めに日本に在住し、オスマン帝国による大虐殺、ジェノサイドを逃れて日本にたどり着いた数多くのアルメニア難民を救った。彼女の名は、オスマン帝国やロシアだけでなくヨーロッパに散らばった難民たちにまで届き、彼らにとってダイアナがいる日本は「希望の地」となった。

■1915年から1923年にかけてのアルメニア人ジェノサイドでは、最大150万人が虐殺や飢餓、疲労などで命を落としたと言われている。ダイアナは、アルメニア人が虐殺される危険を察知し、1912年から国際社会に対して警告を発し続けた。

■オスマン帝国の圧倒的な力の下に展開される現実を前に、彼女は決してあきらめず、声を上げ続けた。個人にできることなど限られているとあきらめることも、もう見ていられないと目をそらすこともなかった。外国人だから、女性だから、離れた場所にいるからとあきらめることもなかった。時にはやや強引な論理でアルメニア難民を救おうとする彼女と、日本の内務省・外務省とのやり取りは、ある時は大きくすれ違い、ある時は通い合う。歴史の中で、人々を守ろうと必死に奮闘した一個人の姿がそこにある。  (「はしがき」より) 

【本書を推す】 初代駐日アルメニア共和国特命全権大使 グラント・ポゴシャン
20世紀初頭、日本とアルメニアはともに大きな変革の時代を迎えていました。私自身も日本との不思議な縁を感じています。在東京アルメニア大使館庁舎を選定する際には、井上勝子爵の子孫と契約を結びました。さらに、日本・アルメニア議員連盟の初代会長・松本剛明氏は伊藤博文の直系の子孫であり、長州五傑を介して二重のつながりを示しています。
今日のアルメニアは、かつて人道上の悲劇を経験した民族として、今度は世界に人道の精神を示しています。2016年に創設された「オーロラ賞」は、国籍を問わず人道的功績を挙げた個人(賞金10万ドル)や組織(賞金100万ドル)に授与され、世界的に高い評価を得ています。ダイアナの時代に受けた人道の光は、今やアルメニアから世界へと広がっているのです。



著者紹介

●メスロピャン・メリネ(Mesropyan, Meline)
1985年アルメニアの首都エレバン生まれ。東北大学大学院国際文化研究科(GSICS)博士課程修了。現在、同研究科フェロー。博士(国際文化)。エレバンのDiana Apcar Foundation創設者の一人。アルメニアの監督Jivan Avetisyanによるミニシリーズ映画『国なき外交官』(制作中)でリサーチャー、通訳・翻訳者を務める。
主な論文に、“Diana Apcar’s Search for an Armenian Protectorate: Hope and Disappointment” (International Journal of Armenian Genocide Studies, Vol. 6, No. 1, November 2021)、「20世紀初頭の日本とアルメニア難民――ディアナ・アプカーの役割を中心に」(『渋沢研究』第31号、2019年1月)など、分担執筆に「アルメニア難民救済と渋沢栄一の慈善事業」(飯森明子編『国際交流に託した渋沢栄一の望み』ミネルヴァ書房、2019年)など。

●太田阿利佐(おおた・ありさ)
1965年東京都生まれ。上智大学文学部社会学科卒業。1988年毎日新聞社入社、大阪社会部、夕刊編集部などを経て2015年から英文毎日室長兼The Mainichi編集長、2018年毎日小学生新聞編集長。2021年退職。現在、認定NPO法人難民を助ける会(AAR Japan)広報部勤務。認定NPO法人エファジャパン理事。
分担執筆に、毎日新聞夕刊編集部『おちおち死んではいられない――この国はどこへ行こうとしているのか』(毎日新聞社、2008年)。

*ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです

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